インタビュー

ファンデーションは守りながら、オックスフォードだからこそのエッセンスを添えて。

オックスフォード広島屋さんは、南久宝寺町でいつ頃から事業をはじめられたのでしょうか? また、なぜ“オックスフォード広島屋"さんなのでしょう?

会長である祖父が昭和2年に博労町で創業し、まもなく南久宝寺に移ってきました。
創業前、祖父はお兄さんと2人で丁稚奉公をしていましたが、祖母との結婚を機に独立。“広島屋”として、お兄さんが婦人の袋物を扱う本店を、祖父は紳士物を扱う分店を始めたのがきっかけです。
“広島屋”としたのは、会長のお父さん……私からみて曽祖父になりますが、その曽祖父が広島出身だったからです。
会社設立当初は“広島屋商店”でしたが、「紳士ものといえばイギリス、イギリスといえばオックスフォード」ということで、昭和50年に“オックスフォード広島屋”と社名を変更しました。
当時業界では漢字の屋号だけでなくカタカナをセットでつけるのが流行っていたそうで、それも理由のひとつだと聞きました。
その後、この屋号がご縁でコーパス・クリスティ・カレッジオックスフォード(※1)とライセンス契約をして、もう20年以上もお付き合いを続けています。
※1:オックスフォード大学を構成するカレッジの1つ

藏田様はいつごろから「会社を継ごう」とお考えだったのでしょう? 

私が生まれたのは、ちょうど大阪久宝寺町卸連盟が設立されて、この町が一番盛り上がっていた時期でした。祖父も父も「当然会社を継ぐものだ」と疑いもしない中で生まれたわけです(笑
反抗期も多少はありましたけれど、祖父祖母とも一緒にこの場所で生活をしていましたし、「他の仕事につきたい!」という反発はなかったように思います。
小さい頃から社員さんたちの中で育ってきて、母だけでなく社員の方々にもおんぶをしてもらっていた、そんな想い出もあるくらいの環境でした。

大学卒業後は、東京にあったアパレル製品の企画・製造・販売の会社に4年間勤めていました。
繊維に関係する会社を選んだのは、心のどこかで「この会社を継ごう」と決めていたからだと思います。雑貨と衣料とでは多少専門性は違うのですが、雑貨は衣料を引き立てる存在なので「まず衣料を勉強しよう」と考えました。

西陣織のネクタイ

東京店や中国、ベトナムの生産工場だけでなく、欧州への出張など……外に出られることが多いと伺いましたが、東京ではなく南久宝寺町に本社を置かれている理由は何でしょう?

確かに、東京に本社を移される会社が多いですよね。
企画や情報の流れなどを考えると、その部分だけは東京に移してもよいかと思うこともあります。
けれども、メインのお客様が西の地域に多いものですから、今のところは大阪にいたほうが都合がいいと考えています。
以前は箕面に外商部を置いていたのですが、南久宝寺の方が大阪の中心で交通の便が良いのでお客様も立ち寄りやすく、他の業者さんへの訪問もしやすいということもあって15年前に本社へ移しました。
それをきっかけにお客様の来店頻度も上がったのは間違いありませんね。
昔は、堺筋が大阪の目抜き通りだったんです。
堺筋の一番北に三越があって、南には高島屋。三越はご近所さんの感覚で、子供のころにはよく行きました。
現在のメインストリートは御堂筋ですが、それでもやはり堺筋に近いここはアクセスが良いと思いますよ。

紳士ベルト

オックスフォード広島屋さんの現在の主力商品はベルトとのことですが、以前からベルトを中心とされていたのでしょうか?

現金問屋であった時代には、シャツやニットも含めた紳士洋装品全般を取り扱っていました。外商部ができた頃はベルトとネクタイが半々でしたが、クールビズをきっかけに構成比が一変しました。
「ノーネクタイが時流」となった為に、ネクタイの比率が激減したんです。
幸いなことにベルトを取り扱っていましたので、お客様が店頭からネクタイを下げる代わりにと、そのままベルトを提案することができました。

クールビズ以前は黒のベルトが中心でしたが、クールビズ以後はビジネスカジュアル=ビジカジといった茶色などのカラーのベルトの需要も増えました。
男の仕事着ってあまり遊びのないものが多いじゃないですか。
シャツとネクタイが自分自身をアピールする重要なグッズのひとつだったのに、その大事なネクタイをクールビズで取りあげられてしまって(笑
なんとか工夫しようと、少しおしゃれなシャツに変えたり、下のパンツを変えてみたりという動きになりました。そうすると、それに合わせてベルトや靴が注目されるようになった、ということですね。
さらに上着さえ着ないスーパークールビズになると、今まで隠れていたベルトがとてもよく目立つようになり、使いまわし感や綻びも気になるため新たに購入されるお客様が増えました。
以前は父の日の定番アイテムといえばネクタイでしたが、6月ど真ん中のクールビズによって今ではベルトが定番になりました。

今年で創業90周年とのことですが、90年の歴史の中で印象的だったことはなんでしょう?

祖父の回顧録の中ではやはり戦後の苦労が大きく取り上げられていますが、私が社長を引き継いでから個人的に衝撃を受けたのは、お客様から「おたくは何屋さんなの?」と問われた時でしたね。
世間では問屋無用論が叫ばれ、メーカーとお客様が直接取引をし始めていた時期で、そんなとき自分の会社が何のために存在しているのかと問われたわけですから。
それはもう、めちゃくちゃショックでした。
当時は問屋であることを否定して、何でも新しいものにチャレンジしようとしました。
小売を始めてみたり、カジュアルなアパレルにも挑戦し、海外への進出を試みたりもしました。
ただ、どれもプロになれなかったんですね...。いずれも地に足がついておらず、「本業とは何なのか」を見失っていたのだと思います。
本当に目が覚めましたね。原点回帰しようと思いました。
まずは数年かけて取り扱いアイテムを整理し、特化すべきベルトやネクタイの企画、生産に絞り込みました。
ありがたいことに、あの時「何屋さんなの?」と聞いて下さったそのお客様とは今も以前と変わらず取引が続いています。

入り口の会社名の前に立たれる藏田さま

藏田様は卸のメリットをどうお考えでしょうか?今後についても少し教えていただけますか?

卸が存在する価値はスケールメリットだと思うんですね。
小売店さんには多くの品揃えが必要です。それぞれの商品を10社のメーカーさんから少量づつ取り寄せるよりも、多種多様な流行りの商品をまとめて1社から仕入れることができれば非常に効率的だということです。
卸の商社に声をかければ売れ筋商品が確実に揃う、という信頼関係が最も大切だと思います。

人口が減って、年齢層の分布も変化し、売り先も変わって、ネットも大きな力を持つようになって…。
それに対応して、我々も変化していかなければならないと考えています。
今後は、海外に向けてもう一度アプローチしたいと考えていますし、ネットでの販売も無視できないと思います。
さらにこれからは、日本の品質やデザインが、アジアだけでなく欧米でも受け入れられていくだろうと思っています。
お客様が手に取って買われる際にはブランドの信頼性は重要な要素ですが、それに加えて、「このブランドの商品はどこでつくられているのか」と製造元までが求められる時代が来るのではないかと考えています。
その時に、「オックスフォードなら安心」「オックスフォードだから良い品質」と言ってもらえるような商品企画や生産を続けていきたいですね。

㈱オックスフォード広島屋
中央区南久宝寺町 1-10-9
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電話番号
06-6262-4151
FAX番号
06-6262-2066
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